妄想の地図帳
 「ひぐらしのなく頃に」が好きなおっさんが、二次創作やオリジナル物語を書いたりするとかしないとか。
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[罪滅ぼし編after-story~記録されない頑張り物語]
 皆さまおはようございますとも!
10月になり、随分と肌寒くなってきた気がします。風邪には気をつけましょうね。
さて、本日は海砂さんから頂いたSSを発表させて頂きます!
海砂さんありがとう!
今回のお話は、「罪滅し編」の学校占拠事件、その後を舞台とした物語です。
語られなかった圭一のがんばり物語。どうぞお楽しみ下さいませ。


あらすじ
 圭一の説得により、学校篭城事件はレナの武装解除という形で幕を下ろした。仲間の誰もが死ぬことはなく、こうして不可避と思われた惨劇は終りを告げたかのように見えたが、本当の悪魔の脚本はまだ終わっていなかった。
 警察の事情聴取を受けた後、圭一は疲れた体を休ませたくて早々と帰宅しようとしていたが、暗い表情の梨花に引き止められる。梨花は圭一に相談事があるのだという。深刻そうな梨花の表情に圭一は体の疲れを忘れ、相談に乗ることにするが、その相談内容は梨花自らが殺されるという驚くべきものだった。圭一は梨花の話を信じ、彼女を守るために行動を起こすのだが――





       [罪滅ぼし編after-story~記録されない頑張り物語]

[0]

 一人に石を投げられたなら
 二人で石を投げ返せ

 二人に石を投げられたなら
 四人で石を投げ返せ

 八人に棒で追われたなら
 十六人で追い返し

 千人に襲われたなら
 雛見沢の全員で
 立ち向かえ

      鬼ヶ淵死守同盟


[1]
 
 教室篭城事件が最低限の被害で幕を下ろし、レナが興宮の警察署へ護送されて行くのを見送った後、俺たち部活メンバーは数人の警察関係者と共に雛見沢分校の校庭に残っていた。
 下級生が親に連れられて自宅に帰って行くのを羨ましそうに横目で見ながら、俺は簡単な事情聴取を受ける。
 事情聴取は長々としたものを想像して疎ましく思ったが、数分拘束されただけでその日はあっさり解放された。が、後日改めて詳しい話を聞くとのことで、俺はぬか喜びをさせられた。
 帰り支度をしようと教室を一瞥する。荷物は全て気化ガソリンで充満した教室の中にある。警察に立ち入りを禁じられ、手ぶらでの帰宅となった。
 もう疲労が限界にまで達していた。早く家に帰ってふかふかのベッドの中で休みたい。今なら泥のように眠るという慣用句がぴったりなぐらい、さぞや熟睡できることだろう。
 疲れた身体を引きずり帰宅する間際、俺とは対照的に怪我人のはずの魅音はとても元気だった。
 魅音は警察関係者がまだいるというのに、俺を盛大にからかう。
「しっかし、圭ちゃんも言うねぇ! 俺たちが全部ぶち壊してやるぜー、だってさ! ぷっくっくっくっく!」
「何が言いたい」
 俺が不機嫌そうな顔をすると、魅音は俺の肩をばしばしと叩いた。
「まあまあ怒んない怒んない、今日の圭ちゃんはかっこ良かったよぅ? まさに映画の主人公って感じ? C級の! くくく!」
 もうなんというか、まさに空気読めって感じ?
 だけど魅音に言われて振り返ってみると、たしかに悪魔の脚本等、妙なことをたくさん口走っていたような……。なんだか急に恥ずかしくなってきた。
 羞恥心から顔が熱くなってくる。もう耳まで赤くなっているんじゃないだろうか。それを魅音に悟られまいと、俺は冗談混じりに言い返した。
「うるせぇな魅音。せめてそこはB級にしろ」
「ツッコミどころそこなんですの?」
 沙都子が呆れ顔で話に加わった。
「ところで魅音さん。圭一さんを馬鹿にするのはよろしいんでございますが、そんなに笑っては傷に触りますわよ」
「頭からぴゅーぴゅー血が出てかわいそかわいそなのです」
 沙都子の脇から梨花ちゃんがすっと現れ、みぃみぃ鳴きながら心配そうに魅音の頭を撫でる。
 けどそこ、あまり触らないほうがいいような。一応怪我してるんだから……。
 魅音の頭には包帯が巻かれており、所々赤く血に染まっている。包帯の状態から傷の深さがよく分かる。あれだけ大笑いしておいて命に危険があるとは思えないが、少し心配だった。
「魅音、本当に大丈夫なのかよ?」
「大丈夫大丈夫。おじさんさ、圭ちゃんのヒーローっぷりに見とれてて、怪我のことなんてさっきのさっきまですっかり忘れてたし~! 悲劇など知るか! 惨劇など知るか! くくく!」
 また俺の真似をしてからかい出す始末。ああ、こいつは死んでも死なないな。
「なら見物料払え。医療費浮いた分、そっくりそのまま即金で払え」
「くくく、悪いけどC級映画に払う金はないねぇ!」
 ふと、魅音が無理して場を盛り上げているような気がした。やはりレナが警察に捕まってつらいのだろうか。でもそれは口に出さず、いつものノリで返す。
「だからせめてB級にしろと言うに!」
「B級であることがそんなに重要なことですの?」
「そうだぞ、重要だぞ。沙都子のこれからの人生よりよっぽど重要だぞ」
「なんですって?! 聞き捨てならない問題発言でしてよ!」
 沙都子も間に入り、いつもの馬鹿騒ぎが始まる。しかし、レナの不在が途中でそれを終わらせる。
「あのさ」
 魅音がいつにない真面目な表情を見せる。俺と沙都子は冗談を言う時ではないことを理解し、茶化さずに魅音の言葉に耳を傾ける。
「どうした魅音?」
「おじさんの怪我さ、本当に大したことないんだよ。そりゃ血がいっぱい出て、如何にも重症ーって感じだけど……たぶんレナは手加減してくれたんだと思う。私が仲間だからかな……」
 そこで魅音は急に笑い出し、首を横に振った。
「ううん、もちろん無意識だったんだろうけどさ! あはは!」
「いや、俺もそう思うぜ。アイツは本当に仲間を大切にできる良いやつだ。俺なんかよりずっとな」 
 心の底からそう思う。
 だって、俺は俺が狂ったあの世界でレナが取った行動を知っているから。
 俺が手加減なしで、それこそ躊躇なく魅音の頭を叩き割ったのを目の当たりにして、レナはそれでも私を信じてと最後の最後まで俺を正気に戻そうとしてくれた。魅音が殺されて、次は自分が殺されると分かっているのに、頭を庇わずに……これが仲間想いじゃなくてなんだというのだ。
「……すげーよアイツは」
 俺は満月を見上げて、一人呟くようにレナを賞賛した。

 一台の普通車が雛見沢分校脇の道路に止まった。そこから飛び出した一人の男が駆け寄ってくるのが見える。校庭に入ってきてようやく、その男が監督だと視認できた。
「魅音さん、大丈夫……ですか?」
 慌てて飛んできたのか、監督は肩を上下させながら心配そうに魅音に訊ねた。
「あはは、見た目ほど悪くないよ監督」
「すみません。昼から出払っていたもので、今まで気づけずにいました……」
 監督は本当に済まなそうに深く頭を下げた。
「いやいやいや。監督、そんな気にしないでよ。本当に大丈夫だから、あは、あははは!」
 魅音は監督に謝られてかなり恐縮していた。まったく、園崎家次期党首のくせに腰が低いやつ。だがそこが魅音のいい所なのかもと俺は苦笑した。
「いけません、頭に怪我をしているじゃないですか。脳の損傷はすぐには分からないものです。診療所までご同行願いますよ!」
「そ、そんな大げさな! 大丈夫だって! ほら、こんなぴんぴんしてるし!」
「いいえ、駄目です!」
 魅音が露骨に嫌そうな顔をするが、監督もこればかりは譲らない。いつもおちゃらけていても、やっぱり医者には変わりないようだ。まさに腐っても医者。あ、それはさすがに言い過ぎか。ごめん監督、と心の中で謝っておこう。
「助けて圭ちゃん! 監督に怪しげな改造されるー!」
「はは、そりゃいい。しっかりと監督にメイド教育されて来いよ~」
 監督に引っ張られてその場を離れて行く魅音に笑顔で手を振る。先程からかってくれたお返しだ。
 魅音は踏ん張っているが、男の力には負けるようだ。監督に引かれ、ずるずると確実に車に運ばれている。
「圭ちゃん後で覚えてなよー!」
 そんな捨て台詞を残して、魅音は入江先生の車に押し込まれて見えなくなった。
 うむ、魅音は監督に任せておけば平気そうだな。
「さて、俺たちも家に帰ろうぜ?」
 監督の車から目を離し、俺は梨花ちゃんと沙都子に解散を促した。すると、梨花ちゃんがいつになく落ち着きのない様子で少し俯き気味に言った。
「ボクは……圭一に話があるので沙都子には先に帰ってて欲しいのですよ」
 その様子にほんの少しの違和感を覚える。
「え、話ってなんですの?」
「みぃ……。圭一にしか相談できない悩みなのです」
「圭一さんにしか? 親友の私じゃ役不足でございまして?」
「沙都子、それを言うなら荷が重いだ。役不足は褒め言葉だぞ」
「そ、そんなの知ってますわ! 圭一さんが気づくかテストしただけですの!」
 そう弁明する沙都子の顔は真っ赤だった。おいおい分かりやすいな。
 梨花ちゃんの相談内容が気になったが、今はいつものように沙都子と戯れる。
「ほぉー? 俺はてっきり素で間違えたと思ったんだけどなぁ?」
「そんなわけありませんわぁー!」
 沙都子が俺をポカポカと叩いてくる。今回はトラップを使う余裕もないらしい。頭を撫でてやると、沙都子はさらに顔を紅潮させた。はは、愛いやつよのう。
 スコーンガラガラッ。遅れて金属タライが頭上に落ちて来た。
「……っ~! タライなんて一体どこから?!」
 俺たちのいる校庭の真ん中には何もない。金属タライなど設置する場所などないはずであるが、金属タライといえば沙都子。故に容疑者はこいつしか考えられない。
「沙都子テメーッ!」
「わ、私じゃございませんわ」
「ほう? じゃあ聞こう。俺と梨花ちゃんとお前しかいない校庭のど真ん中で、お前以外の誰がタライなど使うんだ?」
「それは……」
 沙都子が言葉を濁す。やはり犯人は沙都子だったらしい。どうやら今日もきついお灸が必要なようだな。けど、いつもの沙都子なら開き直るのに妙だと思った。
 俺の服を梨花ちゃんが引っ張っていることに気づく。
「ん、なんだ梨花ちゃん」 
「圭一ごめんなさい。沙都子は悪くないのです。タライはボクが上に放り投げて、圭一の頭上に落としただけなのです」
「梨花ちゃんが?」
 やっぱりこの梨花ちゃんはおかしい。普段の梨花ちゃんは傍観者に近くて、自分からちょっかい出すような子じゃないのに。沙都子もそれは感じているらしく、不思議そうに首を傾げている。
 尚暗い表情で俯いている梨花ちゃんを見て、俺は何か胸騒ぎを覚えた。
「何かあったのか?」
「みぃ……」
 元気がない。度々口を開きかけるが、沙都子を気にして何度も口を閉ざす。
「沙都子、悪いが診療所に行って魅音の容態を見てきてくれないか?」
「……分かりましたわ」
 少し不服そうだったが、沙都子は神妙に頷くと一人、診療所に向かう。
 途中、沙都子が一度振り返って俺を見た。俺はその視線が、梨花を頼みますわよと言っているようにみえた。


[2]

 沙都子の姿が見えなくなり、校庭には俺と梨花ちゃんだけが取り残された。
 分校周辺の警官も最低限の人数がいるだけ。会話を盗み聞きされそうな距離には誰もいない。
「で、梨花ちゃん。俺に相談なんだろ?」
「……はいなのです」
 その返事を紡ぐ口元は小刻みに震えていた。無論、寒いわけではない。今は真夏、むしろ蒸し暑いぐらいの気温だ。俺は梨花ちゃんの震えが恐れから来るものだと直感する。
「何に怯えてるんだ?」
「…………」
 俺の質問からしばらく静寂が続く。
 やれやれ。だんまりか。
 俺がため息をつきかけた時、梨花ちゃんがようやく重い口を開いた。
「圭一……貴方はレナと魅音を殴り殺したことを覚えているのよね?」
「ああ。そう言ったろ? ここじゃないよく似た別の場所にいる俺は、なぜか周囲の人間が敵に見えて勝手に暴走して死んでいった」
 俺は聞かれるがまま答える。普段と違う梨花ちゃんの口調に違和を感じたが、特に重要なことではないので触れずに置く。
「ではなぜ周囲の人間が敵に見えたの? レナが暴走したのはなぜ?」
「ん、なぜって……」
「答えて。どうしてだと思うの」
 梨花ちゃんが俺の服を掴みながら、必死な形相で詰問してくる。けれど俺には分からなかったから、悪いと思いつつも適当に答えた。
「たぶん……俺もレナも、色々あって疲れていたんだよ」
「違う!」
「り、梨花ちゃん……どうしたんだよ?」
 梨花ちゃんの強い口調に怯み、声が上擦る。
 すぐに梨花ちゃんは謝ってきたけど、それは何かに苛立ちながらの謝罪だった。
 察するに梨花ちゃんは相当焦っているようだ。何かに怯えて俺に相談に乗ってもらいたがっているが、何かが邪魔をして打ち明けるに至れない。じゃあ何が邪魔をしている? それを知るのが俺の最優先事項ではないだろうか。
「……俺は梨花ちゃんのことを、魅音やレナと同じくらい大切な仲間だと思っている」
 仲間という言葉に梨花ちゃんの身体がぴくりと反応する。
 どうやら梨花ちゃんも俺を仲間だと思っていてくれているようだ。なら遠慮はいらない。
「だからさ、今の梨花ちゃんのつらそうな表情を見ているのは何よりつらい。悩みがあるなら打ち明けてくれ。梨花ちゃん、頼む。俺を信じて話してくれ。俺は絶対に力になれるから」
 しばしの沈黙。梨花ちゃんは俯き気味だった顔を上げ、俺を見据えた。
「圭一、貴方は私の味方よね……?」
「ああ、もちろん! 梨花ちゃんは俺の仲間だ!」
 梨花ちゃんの声は吹けば消えてしまいそうなほどか細かった。俺は励ますように彼女とは真逆の、とても威勢の良い声を出して梨花ちゃんに応えた。
 俺の気持ちが通じたのか、梨花ちゃんはかすかに微笑んでくれた。
「それで? 梨花ちゃんは何を相談したがっているんだ?」
 俺が本題に触れると、梨花ちゃんはまたも視線を下ろした。
 まただんまりかと思った。だが梨花ちゃんはすぐに顔を上げ、俺の目をまっすぐ見つめて告白した。
「私は、もうすぐ殺されるの」
「……え?」
 一瞬の戸惑い。酷く間の抜けた声が自分の口から漏れる。しばらく梨花ちゃんが何を言ったのか理解できなかった。俺は頭の中で何度もその異常な告白を反芻し、なんとか理解した。
「……こんな話、信じないわよね」
 俺が間抜けな声を漏らしたせいで、梨花ちゃんは信じてもらえなかったと一人早合点して落ち込んでいる。俺はそんな梨花ちゃんを勇気付けるよう、彼女の肩を強く掴んで言い切った。
「信じるさ」
「え……」
 梨花ちゃんは俺とどっこいの間抜けた声を口から漏らした。思わず苦笑しそうになるが抑える。
 俺は自分が梨花ちゃんを信じていることを伝えるためにも、真剣な表情で梨花ちゃんの目をまっすぐ見つめ返した。
「俺だってそんなに鈍くはない。冗談かどうかなんてみれば分かるさ。俺は梨花ちゃんの話を信じるぜ」
「え、嘘……?」
 梨花ちゃんの瞳には俺の言葉を信じていいのかという迷いがあった。だから俺はその迷いを吹き飛ばすように断言する。
「嘘じゃない。前原圭一がそう言ったならそれは絶対だ」
「本当、に? 本当に信じてくれるの……?」
「ああ、本当だ。俺のことを信じてくれた梨花ちゃんを、今度は俺が信じる番だぜ」
「圭一が……信じて、くれた……? ……圭一が、圭一が……うううぅっ……っ……」
 梨花ちゃんの双眸から涙が零れ落ち、彼女は嗚咽交じりに感謝の言葉を口にする。嗚咽がかすかに校庭に響き、梨花ちゃんの涙が月夜に照らされて頬を伝いながら美しく煌いていた。
 俺は指でそっと涙を拭ってやる。でも涙は次から次へと止めどなく流れ出て……。俺は梨花ちゃんを抱きしめ、泣き止んでくれるまで背中を擦ってやった。


[3]

 梨花ちゃんから大まかな事情を聞いた後、俺は彼女と共に診療所へ沙都子を迎えに行く。
 ついでに――というと魅音は怒るかもしれないが――監督に魅音の容態を聞きに行った。魅音は一晩だけ検査入院で入江診療所に泊るらしい。俺は不安になり、慌てて病室に向かうが、ベッドで漫画を読んで馬鹿笑いしているのを見てアホらしくなってすぐに帰った。冷たいようだが、今の俺たちには魅音の相手をしている暇はないのだ。すまんな、魅音。
 梨花ちゃんの殺害される予定時刻は刻々と近づいている。今日の深夜だそうだが、もう後四時間もない。梨花ちゃんが殺されるということにはとても驚かされたが、これにはさらに驚いた。もはや驚愕といっていい。
 梨花ちゃんはオヤシロ様の予言で自分の死を知ったらしい。普通ならここで呆れる所だが、梨花ちゃんの顔は冗談を言っている風にはとても見えなかった。
 レナや俺のような被害妄想であることも疑ったが、それはないと判断した。あの状態を体験した俺だからこそ分かるのだが、梨花ちゃんには何かに取り付かれたようなあの醜悪な疑心暗鬼が感じられない。
 だから俺は梨花ちゃんの話を全面的に信じて動く。梨花ちゃんが殺されるというのなら、それを防いでやる。そしてもう二度と梨花ちゃんの命を狙えないよう、犯人を警察に突き出してやる。俺は一人決意した。

 まず沙都子をうちに泊まらせることにする。沙都子には親友が殺されるかもしれないなんて余計な心配をさせたくないからだ。
 俺のほうは沙都子と入れ替わりで防災倉庫に泊まることにした。沙都子には一度防災倉庫で寝てみたいと言っておいたから、表向きはちょっとした交換ホームステイに見えるだろう。……梨花ちゃんと一緒に寝るということで両親に妙な心配をされないか、ちょっぴり不安ではあるが。
 まず防災倉庫の電話から警察に電話をする。呼び出す相手は、今日のレナの篭城事件でお世話になった大石さん。彼に古手神社まで警察官の派遣をお願いする。
 大石さんは俺の過去をレナに暴露した負い目から、すぐさま警察官を数人寄こしてくれた。これでとりあえずは一安心だ。本当は信頼できる大石さん本人にも来てもらいたかったが、彼は茨城のほうに用事があるらしくこちらには来られないらしい。
 警察に頼る以上、自分がここにいる意味があるのかどうか微妙だったが、俺はあると信じたい。警察を呼ぶ以外に何か手はないものか考えを巡らせる。だが、ここまでが一学生の限界なのか、特に他の手は考え付かなかった。
 こんな時レナや魅音や沙都子がいればなぁ、と一瞬思った自分がとても情けなく感じた。
 レナは警察、魅音は検査入院中、沙都子はまだ幼い。しっかりしろ、クールになれ圭一。今はお前だけが梨花ちゃんを守ることができるんだ。甘えは許されないぞ。俺は自分を鼓舞して一人頷いた。
 ま、一階には警察官が数人詰めてくれているし、俺は特に何もしなくて大丈夫そうだ。俺は犯人への抵抗戦力としてではなく、梨花ちゃんの不安を拭う役割に回ればいい。また一人頷く。
 深夜――午前0時までまだかなりの時間があった。最初こそ神経を目一杯張り巡らしていたが、もう今では畳みの上に寝転がってビデオのお笑い番組を見て笑っていた。真剣な表情でただ一点を見つめている梨花ちゃんには悪いが、集中力の限界だったのだ。ただでさえ、今日は色々大変な出来事があったわけだし。
 震える梨花ちゃんの手を握ってやる。
「大丈夫だ、下には警察がいる。俺もいざとなったら……」
 それ以降は言葉を紡ぐことができなかった。
 実際に犯人と向き合った時、俺には何ができるんだろう?
 戦う? 梨花ちゃんの盾となる? 一緒に逃げる?
 分からない……。分からないけど、俺の中で確かなことが一つだけある。それは、梨花ちゃんを必ず守って見せるという情念。
 俺は仲間を絶対見捨てない。俺は梨花ちゃんを必ず守ってみせる。
「……――圭一?」
 梨花ちゃんに名を呼ばれ、俺は現実に引き戻される。
「ああ、ごめん。梨花ちゃんは俺が絶対守る。例え死んでも守ってやるから心配するな」
「ありがとう。でも死ぬなんてダメよ。お願い、私の命よりも自分の命を大切にして」
 そう言う梨花ちゃんの顔は微笑んでいたが、どこか悲しそうだった。
 

[4]

 階下から勢いよく扉が開く音がする。
 何者だ、と叫ぶ警察の怒声が聞こえたか思うと、その刹那うめき声が聞こえ、何か物が倒れる音がした。一気に緊張が走る。
 階段を駆け上ってくる音がする。その足運びは訓練されたもので、おそらく一般の警察のそれではない。俺は階段を駆け上ってくる人間の姿を確認する前に、大事を取って警察が敵の侵入を許したのだと判断する。
「梨花ちゃん、窓から逃げるぞ!」
 俺は梨花ちゃんに声をかけながら、予め二階に持って来ていた外靴を急いで履く。がらりと窓を開き、梨花ちゃんの手を引くと窓から飛び出た。
 地面に着地後、梨花ちゃんを抱きかかえて走ろうかとも考えたが、都会育ちの俺がそうするより梨花ちゃんが自分で走るほうが早いことに気が付き、そのまま手を引いて逃走を開始する。 
 木々の間の獣道を二人して全力疾走する。走りながら後ろを振り返り、追っ手を確認する。
 追っ手は……一人、二人……五人?!
 五人もの男が拳銃――俺にはそう見えた――を手に持ち、俺たちを追いかけてくる。彼らの人数と手に持つ凶器は俺にとって想定外で、真夏の熱帯夜の真っ只中にいながら俺の背筋が凍った。
「もっと早く走れるか?!」
「はいです!」
 俺たちは暗闇の中、全力疾走を超えたペースで駆ける。それは火事場の馬鹿力、捕まったら命はないからこそ出せる速度だった。
 五人の姿が小さくなっていく。どうやら地の利は俺と梨花ちゃんにあるようだった。
 男たちを巻いたことを確認すると、俺たちは木にもたれかかって呼吸を整える。
「はぁ、はぁっ……り、梨花ちゃん。あの男たち……どこかで見たことないか……?」
 五人の男――彼らの着ていた作業着。俺はつい最近どこかであれを見たはずだ。
 梨花ちゃんが苦しそうに呼吸を整えながら俺の疑問に答える。
「彼らはたぶん……小此木造園の人間なのです」
 小此木造園……。そうだ、あれは昨日の昼頃、雛見沢分校に来ていた造園業者だ。間違いない。でもちょっと待て。
「造園業者がなぜ梨花ちゃんの命を狙ってるんだよ?!」
「ごめんなさい、それは私にも分からないの……。けど、私を殺しに来るのはさっきの男たちだけじゃないってことは分かる……」
「どういうことだ?」
 梨花ちゃんは俺の問いかけに答えなかった。いや、そもそも気が付いていなかった。まるで俺という存在が急に彼女には見えなくなったかのように。
 彼らが犯人だったなんて。でもそう考えると納得がいく。と梨花ちゃんは親指の爪を噛みながらぶつぶつ独り言を呟いていた。
 俺が再度同じことを聞くと、ようやく梨花ちゃんは俺の存在を思い出してくれたようだ。
「あ……ごめんなさい。小此木造園と私の関係は……説明したいけど、それには時間の余裕がなさ過ぎる。とにかく、作業着姿の男に会ったら逃げるわよ。いえ、例え作業着を着ていなくても疑っていかなきゃ駄目ね……。信頼できるのは警察だけ、興宮で大石に保護してもらいましょう」
「あ、ああ……分かった」
 梨花ちゃんの怯えた瞳には絶望の色が混じっていた。冷静さを欠いており、動揺しているのは誰が見ても明らかだった。俺はここまで追い込まれた梨花ちゃんを見たことがなかった。
「「……?!」」
 突如八方から強烈な光が照射される。その光が俺たちの瞳を突き刺し、反射的に目を閉ざす。
 徐々に目が慣れてきて、その光の正体をなんとか視認することができるようになるが、その光は月明かりでも、ましては朝日でもなく、追っ手の持つ懐中電灯の明かりだった。
 俺は追っ手に囲まれていることを理解し、ただ唇を噛むことしかできなかった。


[5]

 暗い森の中、俺たちのいる場所だけが煌々と光を放っていた。俺たちを中心に十数人の男が円を作って立っている。まさに袋の鼠で、俺達はとっくに逃げ出せる状況ではなかった。
 追っ手の数人が道を開け、そこから黒尽くめの女が現れる。
「くすくす、手間かけさせてくれたわね」
「あ、あんたは……鷹野さん?!」
「そうよぅ? 覚えててもらえて嬉しいわ」
 女はよくよく見ると、入江診療所で何度か見た看護師――今年の祟りの犠牲者であるはずの鷹野三四だった。焼死体で発見されたと聞いていたのにどうして。いや、それよりもなぜ看護師の鷹野が造園業者と結託して梨花ちゃんの命を狙うというのか。
 俺にはまったく理解不能だったが、梨花ちゃんのほうは得心がいったようだ。俺の隣で憎々しげな表情を作っている。梨花ちゃんは腹立たしげに舌打ちをして鷹野に話しかけた。
「……貴女が黒幕だったのね、鷹野」
「あら、意外だったかしら?」
「ええ……考えなかったわけじゃないけどまさかってね」
 一呼吸置いた後、梨花ちゃんは髪を掻き揚げながら言葉を付け足す。
「もっとも、小此木たちが襲ってきた時にはなんとなく予想がついてはいたのだけど」
「へぇ、ただの能天気なガキってわけじゃないのね?」
「ふん……少なくとも貴女よりは精神年齢が高いわ」
「そうよかったわね。でも申し訳ないけど、アナタとお喋りしている時間はあまりないみたいなの」
 鷹野は腕時計をトントンと指で叩いて、俺たちに見せ付ける。
「アナタたちのせいでタイムスケジュールが滅茶苦茶。これから古手神社に行ってね、アナタのお腹をスパッと切り裂いて内臓を取り出してね? もう大忙しなのよ、くすくす」
「……相変わらずの猟奇趣味ね。反吐が出そうよ」
「あらあら元気ねぇ。腸流しをするのが本当に楽しみだわぁ、うふふふ!」
 鷹野が俺たちを捕らえるよう指示を出すと、男たちは両腕を手前に構え、俺達ににじり寄ってくる。
「くっ……」
 俺たちは近い未来あっさりと捕まり、殺されるのだろう。それを予期し、俺は恐れから目を瞑ってしまう。瞼を閉じると暗闇が広がる。このまま寝てしまえればいいと思う。そうなれば恐怖も何もなくなるのに。
 もちろん起きたらすべてが夢で、いつもの平凡な日常がやって来るんだったら尚良い。ああ、そうだったらどんなに幸せか……。
「――待ちなさい」
 俺の軟弱な妄想を梨花ちゃんの強い制止の声がかき消した。
 ゆっくり瞼を開ける。ぼやけた視覚が像を結ぶと同時に、俺は目を大きく見開いた。
 なんと俺の眼前には、俺を庇うように立つ梨花ちゃんの姿があるではないか。
「り、梨花ちゃん……」
「圭一、安心して。私は貴方を死なせない。私が貴方を守るから」
 梨花ちゃんは鷹野をしっかりと見据え、毅然としている。一方、俺は棒立ちのまま、情けなくただ身体を硬直させることしかできないでいた。
 なんだよ……。これじゃあ逆じゃないか。散々偉そうなことをほざいておいて、結局守られてるのは俺のほうじゃないか……。悔しくて、無力な自分が嫌になる。
 梨花ちゃんが鷹野に向かって言葉を続ける。
「貴女は私を腸流ししたいのでしょう? 私はそれでも構わない。だからお願い、圭一だけは見逃してあげて」
「な、」
 何を言っているんだと叫びたかった。でも俺の口は恐怖で悴み、声がそれ以上続かない。
 涙は視界を歪ませ、視覚を邪魔する程出るというのに……! 肝心の言葉がなぜ出ない?!
 悔しくて悔しくて、でもやっぱり死ぬのは怖くて。涙がとめどなく溢れ出た。
「圭一を見逃してもらえないのなら、私はこの場で舌を噛み切り自ら死を選ぶ。それじゃあ困るのでしょう?」
 梨花ちゃんは挑発的な口調で鷹野に言ってのけた。
 だけど俺には分かっていた。梨花ちゃんのそれはただの強がりで、俺を逃がすためのはったりに過ぎないのだと。
 くそ、くそ、くそ……。
 なぜだ、なぜなんだよ。こんな小さな女の子が勇気を出して恐怖と戦っているというのに、なぜ俺は身体を震わせて保身を考えているんだよ。
 自分で自分を殴りたい衝動にかられる。殴る代わりに唇を強く噛み締めた。すると、じわりと口内に痛みと鉄の味が広がり、少しだけ臆病な自分が引っ込んだ気がした。
「いいわよ? 前原君は見逃してあげる。私が優しい人でよかったわねぇ、くすくす」
「……感謝するわ」
 涙で滲む視界の中で、鷹野が梨花ちゃんの取引に応じた。
「さ、圭一。鷹野の気が変わらないうちに早く」
 梨花ちゃんが俺にだけ聞こえる声で逃げるよう促す。俺はそれに素直に従うことができなくて、勇気を振り絞ってなんとか口を開いた。
「……だめだ、できない……。梨花ちゃんを犠牲にして俺だけなんて……」
「ありがと、圭一ならそう言うと思ったわ。けどね、このまま貴方を巻き添えにしたら私は死んでも自分を許せそうにないの。だから行って」
「でも……っ」
 梨花ちゃんの言葉に従うということは仲間を見捨てるのと同義なわけで……あまりに酷な話じゃないか。
「お願い……分かって。どうせ尽きる命であるなら、私は貴方のために使いたいの。私のために、生きてよ圭一……」
 梨花ちゃんは声を震わせて俺に訴えていた。後ろからじゃ見えないけど、彼女は泣いている。うん、きっと涙を流して泣いていた。
 その悲痛な訴えを無下にすることはできず、俺は梨花ちゃんに謝罪の言葉を口にし、嘲笑する鷹野の脇を通ってこの舞台から退場する。
 しばらくして後ろを振り返ると、すでに梨花ちゃんは捕まっていた。口を塞がれ、何かの薬を注射されて拘束されていた。これは、どんなに飾り付けても俺が梨花ちゃんを見捨てた上での結果で――。
「っ……」
 自己嫌悪から目を背けた。
 俺は仲間を見捨てないと誓ったのに、現実は逆で。俺は仲間を犠牲にして自分だけ逃れようとしている最低野郎だった。その現実を認めたくなくて、仕方なかったんだと自分自身に言い聞かせる。
 梨花ちゃんを完全に拘束した後、リーダー格の男が俺に仲間をけし掛けてきた。最初から梨花ちゃんとの約束を守る気などなかったのだろう。顔を見られているのだから、当然といえば当然だ。
 いや、もしかしたら約束自体は守る気があったのかもしれないが、一度は見逃したがまた追いかけて捕まえるという論法なのだろう。
 俺は涙を拭い、全力で走る。捕まるわけにはいかない。俺の命はもう俺だけのものじゃないのだ。
 梨花ちゃんの悲痛な願いが俺の命を地球よりも重くさせる。否、太陽系のすべての星を足し合わせても俺の命のほうが断然重い。
 もっと速く、もっともっと速く。絶対に捕まるものか。負けない。逃げ切る、生き延びる。
すべては梨花ちゃんの気持ちに応えるために。
 涙で前が見えなくとも、足が棒になろうとも、例え心臓が破裂しようとも、俺に立ち止まることは許されなかった。

 
[6] 

 追っ手は簡単に振り切れた。諦めたのか、帰還命令が出たのか。どちらにせよ、俺の生死は大して重要ではないということなのかもしれない。鷹野にしてみれば俺など、梨花ちゃんを殺そうとした時に偶然居合わせただけの人間に過ぎず、きっと道端の小石ほどの価値しかないのだろう。
 だから、このまま今日が終われば俺は晴れて日常に戻ることができるのだと思う。この件を警察に話してそれで終り。良かったじゃないか、圭一。
「……ぅっ……梨花ちゃん……」
 だけれど、どんなに願おうともその平凡な毎日の中に梨花ちゃんの姿はない……。
 樹木を背に膝を抱えて、声を殺して泣く。自分の無力さがただ歯痒かった。
『まさに映画の主人公って感じ?』
 学校篭城事件の解決後、魅音に言われた言葉を思い出す。
 そう、まさに魅音の言う通りだった……。俺は自分が映画の主人公であるかのように勘違いしていたんだ。自分が本気を出せば、どんなに困難な状況でも打開できると、何の根拠もなく自信満々に……。俺は一体、何を思い上がっていたのだろう。
 自分がただの学生で、平均的な体力だってないことを俺は自覚していたはずだろう?
馬鹿野郎。お前はB級どころかC級映画の主人公にさえなれない器じゃないか。無力なら無力らしく、最初から格好つけるなよ間抜け。
 こんなことになるなら魅音や沙都子に相談すればよかった。大石さんに頼み込んで電話でレナに相談すればよかった……。
「仲間に相談する……か」
 なんだよ、俺は自分で偉そうに言ったことを全然行動に移せていないじゃないか。
 はは……だから沙都子に口先だけの男と呼ばれるのか。
「くくく、くっくっくっく。あーっはっはっはっはっは!」
 自分があまりにも滑稽過ぎて、俺はとうとう声を出して自嘲した。
「あっはっはっはっは! っ…………?」
 笑った拍子に口元に小さな異常を感じる。その異常の正体が痛みだと分かり、忘れかけていた鉄の味が再び口内に染み渡った。
 何気なく口元を拭うと、手には一筋の血の線条。忘れるはずもない、少しの勇気が欲しくて俺が流した覚悟の血だった。
「あ……」
 ――梨花ちゃんは俺が絶対守る――
 ――例え死んでも守ってやる――
 ――前原圭一がそう言ったならそれは絶対だ――
「あ、あああ……ああああっ……」
 梨花ちゃんと交わした約束を思い出し、自らの頬を脳が揺れるほど強く殴る。
 前原圭一の大馬鹿野郎っ!
 何を自嘲してやがる。何を達観してやがる。お前は梨花ちゃんと約束したんだろうが!
 なあ圭一、お前の中で約束という言葉はいつからそんな安いものになったんだよ。それも命に関わる約束だぞ?!
 梨花ちゃんは俺を信じて、自らの生き死にの問題を相談してくれた。対して俺はどうした?
 頼られたのに、結局約束を守れてないじゃないか、梨花ちゃんを守れていないじゃないか。は、仕方がなかったって? 甘えるんじゃねぇぇぇっ!
 自分には守れそうにないからって、それでいいのか? 約束を破っていいのか。気持ちを裏切っていいのか。ふざけるな、そんなわけないだろう!
 そうだ……。もし仮に約束が果たせなくとも、どうせ駄目なんて達観をして良い訳がないのだ。俺は最後まで諦めてはいけないのだ。
 行こう、梨花ちゃんのもとへ。そしてもし彼女に会えたなら、俺の精一杯の頑張りを見てもらおう。今ならまだ梨花ちゃんと別れてそんなに時間は経っていないはずだ。急げば間に合うかもしれない。
 気が付けば、すでに俺は梨花ちゃんが殺されるとされる現場――古手神社へ駆け出していた。
 行けば今度こそ俺は殺されるかもしれない。おそらくどう転んでも、俺が平凡な日常に回帰することは叶わないだろう。けれど、たとえそうだとしても、俺は走るのをやめなかった。
 梨花ちゃんは俺が戻るのを決して望まないだろう。どうして戻ったと激しく叱咤するだろう。だけど、これは今を招いた俺の責任。俺の罪滅ぼし。一人で何とかしようとした未熟な俺が払うべき至当な付けなのだ。
 漆黒の雛見沢を、俺は呼吸を乱して無様に疾駆していた。

 
[7]
 
 疲労困憊の末、ついに古手神社の石段の真下に到着した。
 後もう少しで梨花ちゃんに会える。……まだ手遅れでなければだが。
 一気に石段を駆け上がりたかったが、気ばかりが急き、身体が付いていかない。もはや身体は限界のようだ。それでも自分に鞭打ち、よろよろと石段を上る。
 長い石段を上り切ると、この村には立派過ぎる境内。その中央に、賽銭箱に群がるように、鷹野たちは居た。
 俺の擦れた呼吸音に鷹野たちが振り返る。
「あ~ら、前原君。どうしたの、道に迷っちゃったのかしら?」
 鷹野は相変わらず人をおちょくるような口調だった。
「梨花ちゃんは……どうした?」
「残念ねぇ、今し方息を引き取ったわ。くすくすくす!」
 鷹野の脇から梨花ちゃんの姿が垣間見える。
「……梨花、ちゃん」
 彼女は眠ったような、けれど腹部から赤い贓物を引きずり出された猟奇的な姿で、賽銭箱の上に横たわっていた。死んでいた。殺されていた。
「……っぅ……」
 なんとなく分かってた。もう間に合わないんじゃないかって薄々気づいていた。けれど認めたくなくて。
 ごめん、梨花ちゃん……。力になれなくて、本当にすまなかった……。
「もう少し来るのが早かったら梨花ちゃんにお別れの言葉が言えたのにね。でもきっと梨花ちゃんは前原君に感謝してると思うわ、来てくれてありがとうって。くすくす」
 鷹野の顔面を殴って、黙らせたい衝動に駆られる。否、今すぐ黙らそうと脳から身体に命令が送られる。
「お前が、梨花ちゃんの名を口にするんじゃねぇぇぇ!」
 鷹野に駆け寄り、顔面へ向けて拳を振り上げる。しかし俺の拳は忌々しくも鷹野に届きはしなかった。
 両隣から男たちに動きを止められ、易々と地面に組み敷かれる。
 鷹野は愉快そうに俺の頭を踏みつけ始めた。
「そ、れ、と、も? もう少し来るのが遅かったら後少しは長生き出来た、の間違いだったかしらぁ? くすくすくす!」
 鷹野の哂いに合わせて、男共も哂い出す。その様子はまさに悪魔、人間の心が一欠けらも見られない化け物だった。
 頭を踏みつけられても、俺は鷹野から目を離さない。睨み続ける。それだけが今の俺にできる唯一の反抗だった。
「お前らは狂ってる」
「ありがとう、最高の褒め言葉よ。お礼に苦しまないよう一瞬で楽にしてあげる」
 鷹野は俺の頭から足をどけると男たちに命令する。
「立たせなさい」
 男たちに急き立てられて立ち上がる。拘束は解かれ、男たちが後ろに下がった。
 鷹野の瞳ががまっすぐ俺を射抜いている。その手には拳銃があり、俺が逃げ出そうとすればすぐさまその背中を撃つつもりだろう。
 拳銃が月明かりの反射光で瞬き、俺は自分の命の終わりを悟った。
「……俺はここで死ぬんだな」
「ええそうね、死ぬわ。私が殺す。前原君はそれが分かってて怖くないのかしら?」
 正直怖い。泣きを入れて助けを乞いたいと思う自分もいる。しかし聞き入れてもらえるはずもないので、拳を握り締め、精一杯強がった。
「へっ、泣き言なんて言わねぇよ。恐怖に顔も歪ませない。少しもお前を楽しませてなんかやるものか」
「くすくす、殊勝なことね。まるでジロウさんみたい」
「ジロウさんって……富竹さんか? そうか、富竹さんもお前が殺したんだな」
「生憎だけど、冥土の土産って好きじゃないの。ごめんなさいね、名残惜しいけど前原君にはそろそろ退場願うわ」
 鷹野が引き金に指をかけ、俺の額に狙いを定める。俺は引き金を引かれる前に鷹野に制止の声をかけた。
「あ、鷹野さん待ってくれ。その前に一ついいか?」
 俺の命はここまでだろうけど、まだ僅かばかり死ぬのは早いように思った。
「くすくす、やっぱり死ぬのが怖い? でも命乞いをしても無駄よ」
「そんなんじゃないさ。ただ、鷹野さんにアドバイスだ」
「あら、何かしら。言ってみなさい?」
 鷹野が再び愉快そうに笑い、銃を振って俺を促す。俺は鷹野の許しをもらい、堂々と真顔で先を口にする。
「俺は赤より白のほうがいいと思うんだ」
「……何を言っているの?」
 鷹野は俺の言葉の意味する所が分からず、目を丸くしていた。そりゃそうだろう、俺にだって分からない。俺はこんな死の間際になって何を口走っているのか。だがしかし、俺の口は閉じることを忘れたかのように言葉を続ける。それも、不敵に笑い、得意げに、小馬鹿にするように。
「はは、だからさ、鷹野さんの真っ赤なショーツの話だって」
「なっ」
「いい年して恥ずかしくないの? 派手すぎて流石の俺でも退いちゃうぜ、あっはっはっは」
「っ、このクソガキがぁぁぁっっっ!」
 鷹野は激しく顔を歪ませて、怒りに任せて何度も何度も銃の引き金を引いた。
 銃口からは何発もの弾丸が一斉に排出され、妙に軽い破裂音が連続して俺の耳を劈く。
 その直後、時の動きがスローモーションのようにゆっくりと感じられるようになり、世界がネガ反転する。
 ああ、これが死の世界というやつなんだろうなと、まるで他人事のように直感した。鷹野から放たれた不可避の凶弾が少しずつ俺の額に吸い寄せられていくのが見える。
 走馬灯は見られない。その癖、額に銃弾が届くまでの残り時間がやたらと長ったらしいものだから、俺は歪んだ視界の先にいる鷹野の顔を再び眺めた。小僧の俺に侮辱されたのがよほど我慢ならないのか、注視してみると鷹野は顔どころか耳まで真っ赤にして癇癪を起こしているのが分かる。
 はは、最後に一泡吹かしてやったぜ。ざまーみろ。
 ほら、梨花ちゃんもあいつの顔見てみろよ。な、笑えるだろ。くく。おいおい、我慢しなくていいんだぜ。笑えよ? 笑おうぜ。笑えったら。……笑って、くれよ……。
 当然梨花ちゃんからの返事はない。……鷹野を一泡吹かすことが出来れば満足して逝ける、そう思ったのに……俺の心にはただ、後悔と虚しさが降り積もっていくだけだった。
 天を仰ぐと、そこには闇夜に煌々と光り輝く満月。神秘的で美しい光明――どこか奥ゆかしさを感じるような、例えるなら貴婦人のような涼しげで優雅な月明かりが、俺の瞳に降り注ぐ。
 ああ……そういや、俺はこの月明かりを背に雛見沢分校の屋根上でこう叫んだんだっけ……。
 悲劇など知るか。惨劇など知るか。悪魔共が喜ぶ脚本が今後どれだけやってこようとも全部ぶち壊してやる、と得意げに。
 だけど結局の所、悪魔の脚本は人間に書き換えられないから悪魔の脚本だったわけだ。俺がやったことなど所詮、悪魔共にとっては瑣末事だったわけで。彼らの脚本にほんの少し落書きをした程度に過ぎなかったわけで……良いお笑い草だ。きっと道化って言葉は俺のようなやつにこそ相応しいんだろうな。
 やがて額に電気的な痛みが走り、続いて身体に無数の弾丸を受ける。それでも時は未だにスローモーションのようにゆっくりと流れた。
 頭蓋が砕かれる。弾丸がぐちゃりと脳に突き刺さる。最後には汚らしく脳漿を飛び散らせ、受け身も取れずに地面に仰向けに倒れる。
 まもなく思考も停止するだろう。その間際に俺は夢想した。
 もし次があるのなら、今度こそ間違えないように。今度こそ、皆で力を合わせて仲間を助けられるように。
 それは別世界にいる俺へのささやかな声援であり、おそらく届くことのない願い。
 けれど……届け、この想い――。

――了――

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テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
感想
圭一さんの淡い決意と想い、梨花さんの悲しき願い、二人の想いが惨劇に終演を持たらす事を願わずにはいられないです。
【2008/10/02 00:27】 URL | 影法師 #RQckjdWI [ 編集]


遅れましたが、コメ返信です。補完話ということで結局はバッドエンドなわけですが、せめて救われるバッドエンドにしようとこういう話になりました。読んでくださってありがとうございましたー!
【2008/10/12 13:10】 URL | 海砂 #- [ 編集]


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岡山に生息。
カレーは混ぜてから食べる派です。
「ひぐらしのなく頃に」の二次創作を中心に、ショートストーリー(SS)を書いています。
「うみねこ」もちらほらとやってます。
いずれオリジナルも書いてみたいと野望を持っております。

メアド : kdksf1@mail.goo.ne.jp
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