妄想の地図帳
 「ひぐらしのなく頃に」が好きなおっさんが、二次創作やオリジナル物語を書いたりするとかしないとか。
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海砂さんSS 【賽残し編~私が罪なき世界で出来ること~】
 皆様こんにちは。
今日は、友達の海砂さんから頂いたSSをアップさせて頂きました!
PC版ひぐらしの最終章『賽殺し編』の、その後を描いた物です。
是非是非ご堪能下さいませ!


海砂さんコメント
「どうも、過去雛物でノリと勢いでSSを執筆していた海砂です。
今回は第三回に応募したひぐ大落選作をブログに貼らせていただけるようで、ブログ
主のcvwithさんには感謝感謝です。(自分のブログを持っておらず、曝す場所がな
いので。)
さて、この作品は賽殺し編を読み終えた私の「梨花が元の世界に戻らなかったらこの
世界はどうなるんだろう、読んでみたいなあ、でも誰も書かないから自分で書いてや
るぜ」という超独りよがりな考えから作られた物語です。だから妄想設定一杯だった
りしますが、ちゃんと読み手のことも考え、丁寧に仕上げたつもりです。
魅音(部活の部長のほう)がルチーアで育ったらどうなるんだろうと思った同士に是非
読んでいただきたく思っています。拙作『賽残し編~私が罪なき世界で出来ること』
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。」



あらすじ

 雛見沢症候群が存在せず、怪死事件事件が起こらない。
圭一もモデルガン事件を起さず、他のすべての人間にも罪がない世界……賽殺し編。
その世界では雛見沢はダムの底に沈み、雛見沢の人間は別の地域で暮らすことになっている。
園崎詩音もまたルチーアを卒業し、新たな生活を始めていた。
 昭和60年四月、公立高校に通っていた詩音は二年生に進級する。
双子の姉である魅音・高校できた友人である古井出利香と共に、新入生を部活に勧誘しようと考えている所、詩音の前に魅音の友人と名乗る少女、竜宮礼奈が現れる。
礼奈を部員として迎え入れ、さらに次なる標的、前原圭一を部員として勧誘しようとするが、礼奈の話では圭一は部活に入る気はないという。
そこで詩音は部活の友人と共に圭一を拉致するという非常識な行動に出るのだった。




 【賽残し編~私が罪なき世界で出来ること~】


[prologue]


 赤い箱には何がある?

 希望と未来と仲間達。

 青い箱には何がある?

 中身は空か、おそらく絶望。
  
 けれど真実そうなのか。

 魔女の私は答えが知りたい。


    Frederica Bernkastel


[Ⅰ]

 雛見沢村がダムの底に沈んで早一年が経過し、園崎詩音は姉の魅音と共に公立高校へと進学していた。
 時は昭和六十年四月上旬――厳しい寒さの撤退と春休みの終りに伴って新学期の朝がやってくる。
 詩音はまだ夢の中。マンションの一室にある自分のベッドで微動だにせずうずくまっていた。
葛西がいつものように彼女を起こそうと外側からドアをノックするが、一向に出てくる気配はなかった。
「詩音さん、起きてください。朝ですよ」
 再度ノックをし、葛西は詩音に声をかけたが、その程度で詩音が起きる様子はない。
「う、うん……もう食べられないよ」
 ノックの音と葛西の声にぴくぴく身体を痙攣させ、妙な寝言を言うだけである。
 いつものことに葛西は諦め、ため息をつく。
 そんな朝の八時。詩音の枕元にある黒電話がけたたましい音を発した。
 ジリリリリ、ジリリリリ!
 詩音の体がびくんと跳ねる。
「ひにゃあっ! て、敵襲?! ……なんだ、電話かぁ。ちぇ」
 詩音は耳ざわりな音を鳴らし続けている電話の受話器を、ひったくるように掴み取る。睡眠の邪魔をされたので少し腹を立てていた。
「はい、もしもしどちら様?」
『もしもし詩音? ちゃんと起きてる?』
「……お姉?」
『そだよ。悪い?』
 電話の主が姉の魅音だと分かると不機嫌を顕わにする。
「悪いです。朝から一体何の用?」
『何その言い方~。せっかく起こしてあげたのにさ』
 ぶーぶーと、魅音は受話器越しに不満を漏らした。
 まったく、朝から騒がしい姉である。
「それで? 私の安らかな眠りを妨げた理由は何です?」
 どうでもいい事だったら本気で起こるよと、詩音はこぼす。魅音はそれを聞いて呆れて深くため息をついた。
『アンタ、もしかして今日から新学期なの忘れてる?』
「えーっと……? あれ?」
 新学期ってなんだっけと首を傾げる。まだまだ詩音の脳は睡眠を欲しているようだ。
『あれ、じゃないよ馬鹿詩音。私はまだ平気だけど、アンタはそろそろ家を出ないと遅刻するんじゃないの?』
「遅刻?」
 詩音の脳内広辞苑が遅刻に該当する言葉を検索する。
 遅刻――決まった時刻に遅れること。
 用例、”学校”に遅刻する。
「あ……あーっ!」
 受話器を乱暴に戻すと、壁に掛かっている時計に目をやる。
「げ」
 普段家を出る時刻より十五分も遅い起床だった。
 急いで寝間着から制服に着替えて玄関に向かう。寝癖が酷いが気にしている余裕はない。
「遅刻っ! 遅刻だーっ!」
 玄関の扉を開けると、詩音は第一声叫んだ。その叫び声を聞きつけ、隣の部屋から葛西が出てくる。
「詩音さん、おはようございます。朝食はどうしますか」
「い、いらないっ! ごめんなさい、もう食べている暇ないです!」
 両手を広げたり閉じたりと、妙なジェスチャーを交えながら詩音は答えた。
「朝は食べないと身体に悪いですよ」
「だから食べていると遅刻しちゃうんだってばぁ! 今日は葛西さんにゆっくり付き合っている暇ないんですよぉ!」
 慌てる詩音とは真逆に葛西は物静かである。
「でしたらお送りしますよ」
「だーかーらーっ! ……ふぇ?」
「私が車でお送りします。ですから安心してください」
「いいんですか?」
「はい、もちろんです。おにぎりを作っておきましたから車内で食べてください」
 小さな包みを葛西から手渡される。ご飯と海苔の香ばしい匂いを詩音の鼻が捕らえた。
 包みを開くと中におにぎり三つ。それに食欲を刺激され、詩音のお腹が鳴った。
「じゃあ、お願いしようかな……えへへ」
 詩音は照れ隠しに笑った。
「では行きましょう。車を出しますのでしばらくお待ちください」
「わかりました。お願いしますね」
 葛西は背を向け、先に階段を下りて行く。その後を追い、マンション前に止まっている葛西の車に乗り込んだ。
 

[Ⅱ]

 詩音は車の後部座席で朝食を済ませた後、自らの頭髪を手鏡で見て苦笑した。
 思わず目を背けたくなるぐらいボサボサで、おまけに逆立っている。
 もし詩音があのまま葛西を振り切って学校に行っていたなら、彼女は学校中の笑いものだったに違いない。
 詩音は安堵のため息をついてお礼を口にした。
「葛西さん助かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして。校門まででよろしいですか?」
 髪を気にしながら、葛西の問いかけに首を横に振る。
「いえ、校門は目立つので適当な所で降ろしてくれると嬉しいです。車で送ってもらったことがお姉に知れたら、色々言われ兼ねませんしね」
「分かりました」
 寝癖を直す手にはお気に入りの黄色いリボン。それを後ろ髪に結びつけて、何気なく窓の外を見やる。
 そして、一年間通った通学路を眺めながら一人ごちた。
「考えてみれば、ルチーアを卒業してもう一年も経つんだよね……」 
 ルチーアとは聖ルチーア女学園のこと。
 全寮制のミッション系故に、規律がかなり厳しく自由がないことで有名な学校だ。
 そこに入学した当初、詩音は規律の厳しさからカゴの中の鳥になったような錯覚を起こした。けれど、元来受け身な性格の彼女は少しずつ適応していった。
 半年も経てば幽閉するためだけの聖ルチーア女学園にも居場所ができ、ごきげんようの挨拶も板についた。
 卒業した今ではあそこの空気が恋しいとさえ詩音は思っていた。

 聖ルチーア女学園は中学・高校・大学とエスカレーター式の学校だったが、詩音は中等部を卒業後、現在の公立高校に進学した。
 ルチーアに幽閉され続けてきた詩音にとって、公立への進学はちょっとした冒険であり、我が侭だった。
 その我が侭が通ったのはもちろん園崎家が詩音の願いをただ聞き入れたからではない。園崎家次期党首である姉の魅音が口添えしたことが大きく作用していた。
 魅音の説得により、渋々だがお魎は詩音の公立進学を認めた。
 詩音は嬉しかった。お魎がもう、自分に自由に生きていいよと言ってくれているように感じて。
 でもそれは甘いかなと頭を振って考え直す。お魎の思惑が今も詩音は分からなかった。

 公立進学の許可をもらった詩音は悩んだ。
 ルチーアを卒業後、漠然と公立高校への進学を希望していただけで、それ以上を考えていなかったからだ。
 どこの高校に進むかを決めるのは詩音が思っていた以上に難しい問題だった。
 引っ込み思案で優柔不断だったので、どうにも決まらない。そこで困り果てた詩音は姉に相談に乗ってもらうことにしたのだが、散々迷惑をかけて、結局は魅音と同じ学校に通うことにした。
 詩音達が現在通っている公立高校は偏差値がかなり高い。有名大学への進学率も高いことから、遠くから通いに来る子もいるそうだ。
 余談だが、学食のカレーが有名でルーは数種類あり、甘口・中辛・辛口お好みで辛さを選べる力の入れようだ。入学当時の詩音は、少なくとも学食には期待が持てる、とその高校を評価した。
 合格すると近くのマンションの一室を借り、そこから通学することにした。
 園崎本家からは若干遠いが、姉とは学校で毎日会えるし、両親とは電話でよく連絡を取っていたので特に寂しくはなかった。


[Ⅲ]

「……――あ、葛西さん」
 物思いにふけっていたせいで、降車を希望していた場所を大幅に過ぎていた。詩音は慌てて葛西に車を止めるように言う。
「もうここでいいです。後は歩いて行きますので」
「分かりました」
 葛西は車の速度を落し、路肩に止めた。
「ありがとうございました」
「いえ。お気をつけて詩音さん」
「はい、では行ってきますね」
 降車後、窓ガラス越しに一礼してから歩き出す。家を出る際は遅刻ギリギリだったが、葛西のおかげで時間に余裕が出来ていた。ゆっくりと桜の木とその奥にそびえる校舎を見ながら校門を通る。
 今日新入生が入ってくると共に、詩音は晴れて公立高校の二年生となる。自然と背筋がぴんとなった。
 たくさんの新入生を横目で見ながら、昇降口に向かう。
 その日は在学生の詩音達にとってクラス替えの日に当たる。また仲のいい同級生と一緒になれたらいいなと思いながらも、新しい友達ができることに胸を膨らませていた。
 自宅に持ち帰って綺麗に洗っておいた真っ白な上履きを通学鞄から取り出すと、昇降口で履き替える。
 廊下を少し進んだ先にある掲示板に、ずらっと数枚の大きな紙が張り出されているのが見えた。クラス分けの結果が貼られているのがなんとなく分かる。自分のクラスを確認しようと十数人ほど掲示板を覗き込んでいる。
 詩音はその中に姉の姿を見つけ、声をかけた。
「お姉ー。ごきげんようですー」
「あ、詩音!」
 魅音は待っていたかのようにすぐに詩音の存在に気づいた。
 それから魅音は人ごみを掻き分け、ものすごい剣幕で詩音に近づくと、詩音の頭を脇に挟んで締め上げた。
「アンタ、勝手に電話切ったでしょー?!」
「あはは、ごめん。急いでたからつい」
 苦しくはなかったので笑いながら謝る。その様子に毒気を抜かれ、魅音は詩音を解放した。
「ちぇ。つい、じゃないよ。おじさん気を使って損したよ」
「お生憎様です。お姉に気を使われなくても、その数分後にちゃーんと自力で起きて学校に来てました☆」
 姉に貸しを作るのは得策ではないとの判断から、詩音は笑顔で嘘をついた。
 魅音がそれに合わせて意地悪げな表情を浮かべる。
「葛西さんに送ってもらって?」
「な、なんでそれを……」
 魅音の切り返しに思わず笑顔が凍りつく。
 なぜばれたのだろうか。姉には分からないよう、ちゃんと校門から離れた所で降ろしてもらったというのに。
「なんで、それを知ってる……の?」
 不思議に思い、再び聞き返した。
 すると魅音は愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「くくく、やっぱりねぇ。葛西さんに甘えるのも程ほどにしなよ~?」
 鎌をかけられていたのだということに気づき、顔が真っ赤になる。嘘なんてつかなきゃ良かったと後悔。
 詩音はばつが悪そうに言い訳をする。
「い、いつも頼ってるわけじゃないもん……」
「はいはい。そういうことにしておくよ」
「もうっ、だから違うってば!」 
「はいはい、分かった分かった……って痛っ、髪を引っ張るなー!」
 まったく信じていない様子に腹を立て、詩音は魅音の髪を掴んでいた。
 髪の引っ張り合いが始まる。
「痛っ、お姉痛いっ、放してよー!」
「詩音から始めたんでしょ! 詩音が放したら放すー!」
 一緒の高校に通い始め、もはや日常茶飯事となっていた姉妹喧嘩。それに、一人の少女が感想をこぼしながら近づいて来る。
「あらあら、朝から仲が良いわね」
 二人は喧嘩を一時中断し、同時に少女を視認した。
「あ、利香。おはよう」
「ごきげんようです、利香」
「おはよ。魅ぃ詩ぃズ」
 少女は肩まである綺麗な黒髪を撫で上げながら挨拶を返した。
 少女の名は古井出利香、昨年の魅音達の同級生である。特に詩音にとっては高校での数少ない友人で、親友ともいえる存在だった。
「あのさ、利香。その魅ぃ詩ぃズって呼び方やめてくんない?」
「そうですよ、お笑い芸人のコンビ名じゃないんですから」
「くすくす。似たようなものよ、アンタたちは」
 利香は二人の顔を交互に眺めて、小馬鹿にするように笑った。
「あ、心外だよ。今のはおじさん、激しく心外だよ」
「そうです、私のどこがお笑い芸人に似ているっていうんですか。お姉はともかく」
「詩音は一言多い」
「あ、痛っ!」
 魅音に小突かれ、痛む頭を押さえる。頭を叩かれたことに納得いかず、詩音は口をすぼめて不服を唱えた。
「……何も叩かなくてもいいじゃない。冗談なのに」
「ふん、どうだか」
「なにさ、お姉のバーカ」
 仕返しに悪口を言うが、それを聞くなり魅音はSっ気たっぷりの真っ黒な笑顔を浮かべた。
「あれ? 姉のことを悪く言ういけないお口はこれかな?」
 そして詩音の両頬を掴んでおもむろに弄び始める。
「ひはいひたいっ、ひゃめてよ~おねぇっ!(注;痛いです。やめてくださいお姉様)」
「ほ~らほ~ら」
「あ、ひゃんっ!」
 詩音の頬で遊ぶ魅音の様子はさながらSMの女王様のようだという。
「ほらほら。漫才はそれくらいにしておいて」
「「漫才じゃないよ!」」
 詩音と魅音は利香の物言いに、ほぼ同時にツッコミを入れた。こんな時でも双子は仲がいい。
「で、今年のクラス分けはどうなってるのよ?」
 しかし利香はそんな二人の息のあったツッコミを至極あっさりと流した。
 詩音はその利香の態度を大して気にせず、話に乗る。
「あ、そうですよ。お姉はもう見たんだよね? どうでした?」
「うん……。詩音だけ、別のクラスだったよ」
 魅音は心底残念そうに答えた。
「……そうですか」
 詩音はがっかりした様子で掲示板に近寄る。そして、そこに貼られている紙を確認するのだが――……
「あ、あれ? 私と利香とお姉……。同じクラスの欄に名前があるのは気のせいですか?」
「くっくっく、詩音はちょろいねぇ」
「……ふぇ?」
 振り返ると、してやったり顔の魅音が立っているではないか。
 詩音はきっと魅音を睨みつける。
「お姉、また騙したんですね」
「騙されるほうが悪いんだよ、くくく」
「そうね、今のは詩音が悪いわね」
 利香が魅音に同調した。よく見ると、口元に手を当てて笑いをこらえているのが分かる。
 親友にさえ笑われて、羞恥心から詩音の頬が高潮し始める。それが詩音自身にも分かった。
「ううーっ……」
 言い返そうと思ったが、どうにも姉には口で勝てそうにない。
 詩音は直接戦闘を避け、「お姉なんかもう知らないもん!」とだけ言い残し、二人を置いて入学式の会場である体育館へ歩き出した。
「あ、逃げた」
「逃げたわね」
 そんな二人の声が背後から聞こえるが無視する。歩みを止めず、振り返りもしなかった。
 だが詩音は内心、とても悔しがっていたそうな。


[Ⅳ]
 
 長く堅苦しい入学式に出席した後、詩音たちは自分の教室に向かった。
 式の最中はずっと座っていたので、歩くのがとても気持ちいい。
 その頃には詩音と魅音は仲直りしていた。この仲直りの早さは姉妹ならではだろう。
 教室に入ると黒板に大きな紙が貼られているのに気づく。
 その紙には席番が書かれており、自分の席は予め番号で決められている模様。
 番号を確認して各々自分の席に着く。詩音は机にかばんを置くと、チャイムが鳴るまで魅音達と談笑をすることにした。
 チャイムが鳴り、教室に担任教師が入って来る。担任教師が教壇に立つと挨拶が始まり、全員の自己紹介が済むとホームルームが終わった。
 教室から教師が出て行くと教室が賑やかになる。黒板には自習と書き残されていた。
 自習の課題は何も出されていない。同級生は雑談をしたり、トランプをしたり、初日からやりたい放題である。
 詩音も利香達との雑談に集中する。
「―――にしても、クラス分けしたってのにあんまり代わり映えしないわね」
 ふと利香がクラスを見回して言った。魅音がそれに同意する。
「だね、同じ学校に一年間いると誰もが見知った顔だし。やっぱりクラス分けより注目すべきは新入生だねぇ!」
「新入生といえば、私たちの部にも誰か入部してくるかも知れないわよ」
「ああ、そういえば……」
 今年から自分達にも後輩ができるのか。
 なんだか実感がわかないが、部活のメンバーが増えることを想像すると詩音は胸が踊った。

 詩音・魅音・利香の三人はゲーム部という同じ部活に所属している。
 活動内容は名前で容易に想像できるかもしれないが、主にゲームをして楽しく時間を過ごす部活だ。ゲームの種類は問わない。ただし、非電源であることと部員全員が楽しめるものというのが条件だった。
 詩音達は囲碁や将棋など何にでも手を出していた。時にはトーナメントに出たこともある。腕相撲の大会、予選一回戦でのストレート負けを思い出し、詩音は懐かしい気持ちになった。
 先輩はいない。なぜならゲーム部は詩音が発足した部だからだ。
 部員は部長の詩音を除くと魅音と利香の合計二人だけ。それは発足から一年経っても未だ変わっていない。
 ゲーム部とは名ばかりで規模的には同好会だったが、これから人数が増える予定だから問題ないとの部長である詩音の声により、活動名はそのように定着した。

 ゲーム部は最初の頃、何をするでもなかった。
 ただ雑談しながらゲームで遊び、日が暮れたら家に帰るというありふれたものだったが、利香が提案した罰ゲーム制によって勝負は白熱し始める。
 罰ゲームは”青汁一気飲み”というありふれたものから”廊下をバニーガール姿でモップがけ”などといった精神的にくるものに発展していったのである。
 中でも詩音が一番きついと感じたのは”購買で焼きそばパンを一人で20個買い占め、その場で完食する”だった。
「あれは恥ずかしいやら体重が増えるやら色々と苦い経験だったなあ……。ま、別にいいですけどね……フフ……」
 一人呟く詩音を心配して利香が声をかける。
「詩音、そろそろ現実に復帰しなさいよ」
「ダメだ、目が虚ろだよ」
 魅音が呆れて首を振った。
 ちなみに焼きそばパンの代金はすべて詩音の自腹である。


[Ⅴ]

「魅音、一年の子が来てるよ」
「ん?」
 魅音は同級生に言われて教室のドア付近に視線を移すと、立ち上がり、ドアのほうに歩いていく。
 詩音と利香がその先を目で追うと、少女が一人、両手を前に組んで立っているのが見えた。
「やっほー礼奈。はろろーん」
「魅ぃちゃん久しぶり~!」
 魅音と少女は気さくに挨拶を交わしている。
 その仲がよさげな雰囲気に詩音は礼奈と呼ばれる少女に興味がわいた。
「行ってきたら?」
 と利香に後押しされ、好奇心から礼奈に近づく。魅音の背中から顔を覗かせるように礼奈を観察した。
 礼奈は詩音よりも頭一個分くらい背が低く、微笑んだ表情は優しげで、男からして見ればさぞや守ってあげたくなるようなタイプだろう。
「えっと……あの、どちら様です?」
「あれ? もしかして魅ぃちゃんから何も聞いてないのかな、かな……」
 詩音の戸惑った様子を見て少女は怪訝な顔をした。
 不安そうに詩音の顔を覗き込む少女。その表情はまるですがり付いてくる子犬のように可愛くみえた。
「いえ、何にも聞いてませんけど……お姉?」
 助けを求めるように視線を向ける。すると魅音は少女の頭に軽く手を置き、彼女を簡単に紹介した。
「この子は竜宮礼奈。雛見沢にいた時の友達だよ」
「へえ、そうなんですか」
「そうなんですかって、礼奈の話は詩音にも電話でしたことあったじゃん。覚えてない?」
「うーん……」
 詩音は自らの記憶に少女の名で検索をかける。
 聞いたことはある、ような気がする。けれど思い出せない。
 姉の電話はほとんど悟史くんのことばかりだったはずだ。悟史くんが素敵ーとか悟史くん最高ーとか、もう何度聞かされたか分からない。
 だけど、それ以外に何か話してたっけ。どうにも悟史くんの話がイメージ濃すぎて、他の話題は記憶から薄れてしまっているようだ。
「ほら、あの”お持ち帰りぃ”が口癖の」
 魅音に耳打ちされて思い出す。
「ああ! あの趣味が幼女誘拐の礼奈さんですか!」
「はぅっ、たしかに私は礼奈だけど誘拐なんてしないよぅ!」
 礼奈は魅音を睨みつけ、どういうことかと説明を要求する。
 魅音は視線を逸らして、吹けない口笛を実にわざとらしく吹く動作をして誤魔化した。
「おじさん何にも知らないよ~」
「嘘だっ!」
 魅音を問い詰める礼奈を、今度は詩音が問い詰める。
「ところで礼奈さん。雛見沢にいた時はクラスの子を毎日面白おかしく誘拐していたって聞きましたけど本当です~?」
「詩ぃちゃん、それは違うんだよ。あれは任意同行なの!」
 礼奈は慌てて手をブンブン振って否定する。
 からかわれることは多いが、逆に誰かをからかうことはまれだったので、詩音は楽しくなっていた。
「飴やお菓子で釣るのが任意同行? 誘拐犯の常套手段が? へぇー」
「は、はぅ、それは……」
 困った顔が可愛く思った。けど、可哀そうなのでその辺でやめてやる。
「そういえばお姉。私、礼奈さんが来るなんて全然聞いてないんだけど?」
「だって、礼奈とアンタって他人じゃん」
「……実際そうですけど」
 詩音は呆れて言葉に詰まった。
「お姉は、その、もうちょっと空気読んで欲しいって感じです」
「何を言うか、おじさんに空気読ませたら天下一品よ! それにアンタのほうが全然空気読めないってー!」
「そんなことないっ! お姉のほうが絶対空気読めてないですよーっ!」
 詩音と魅音のやり取りを見て礼奈がくすっと笑った。
「ふふ、やっぱり双子だね。魅ぃちゃんと詩ぃちゃんって本当にそっくり」
「うげ、まさかぁ」
「うげってなんですか、失礼な。ま、それはともかくとして、これからよろしくですレナ」
「うん、よろしくね」
 手を差し出され、レナは詩音とにこやかに握手を交わす。
 しかしその直後、礼奈は複雑そうな顔で言葉を付け足した。
「でも私の名前は礼奈なんだけど……」
「ああ、それは……」
 詩音が言いかけ、代わりに魅音が説明する。
「詩音ってさぁ。いい年して、仲良くなった人に必ず愛称をつけるんだよ」
「いい年してというのは余計ですけど、そういうことです」
「なんだ、そうなんだ」
「ほら、これでレナとは他人じゃないですよ☆」
「イヤなら断ったほうがいいけどね? くくく」
 魅音はわざと詩音に聞こえるよう、レナに耳打ちした。
「む、一々お姉の発言は癇に障りますね」
「だって現にさ、利香の時は即座に熨斗つけて返されたじゃん」
「昔のことは忘れましたー」
 詩音は唇をとんがらせてそっぽを向いた。
「んで、礼奈。どうなのさ?」
 魅音が愛称についての感想を聞くと、レナは顔を綻ばして首を縦に振った。
「イヤじゃないよ。むしろ気に入ったかも、はうぅっ!」
「それはよかった。では改めてよろです、レナ!」
「なら、おじさんも今度からそう呼ぶかね」
「うん、よろしくね!」
 詩音は教室の奥のほうにいる利香を一瞥し、レナに言った。
「ここじゃなんですし教室に入ってください。友人の利香を紹介します」
 

[Ⅵ]

 詩音達はドア付近から利香のほうに移動すると、利香を囲むように空いた席に着いた。
 利香はファッション誌に目を通していたが、詩音達が椅子に座ると雑誌から目を離した。
 それから利香は唐突にレナに訊ねる。
「レナ、私たちの部活に入る気ない?」
「部活? 部活ってなんですか?」
 自己紹介はなかった。
 まるで、先程のやり取りに終始加わっていたかのように利香は平然とレナと言葉を交わす。
 だから詩音も不思議と利香にレナを紹介することはしなかった。
「部活を説明するその前に、レナ」
「え、はい?」
「無理して敬語なんて使わなくていいわ。私は普段の貴女が見たいのだから」
「は、はぁ」
 気のない返事をするレナのために魅音が言葉を付け加える。
「おじさんたちの部には先輩がいなかったからね、上下関係にあまり頓着がないのさ。雛見沢とおんなじで気にすることはないよ」
「そうなんだ。うん、分かったんだよ」
 正直、レナは利香の酷く真面目な様子に当惑していた。けれど、魅音の説明を聞いてとりあえずは納得することができた。
「よろしい」
 利香は頷き、それから詩音を見た。
「部活のことは部長から訊いたほうがいいわね」
「え、私?」
「アンタ以外に誰がいるのよ」
「そ、そうですよね」
 詩音はコホンと咳払いし、レナのほうに向き直すと一気にまくし立てた。
「我が部はですね。複雑化する社会に対応するため、活動毎に提案されるさまざまな条件下、時には順境。あるいは逆境からいかにして脱出するかを模索し――(中略)――を目的に発足されたスリリングかつシビアな部活動です」
「???」
 詩音の説明では分かりかねるといった顔でレナが困惑している所に、利香の的を射た説明が加わる。
「つまりはゲームして遊ぶ部活よ」
「あ、なんだ。それなら楽しそうかも! 私も入るよ!」
 合点がいって乗り気なレナに詩音が入部を認めた。
「オーケイです。では、今からレナは我が部の部員。放課後またうちのクラスに来てくださいね」
「うん、分かったんだよ!」
 その時レナを除いた三人の目が怪しく光ったが、レナがそれに気づくことはなかった。

 しばらく雑談した後、不意に魅音がレナに聞いた。
「ん? そういえばさ、今って授業中だよ? おじさんは一向に構わないけど、レナは教室抜け出していいわけ?」
 魅音の疑問にレナがあっさりと答える。
「今日は色々と校内を見て回って良いみたいなの。だから魅ぃちゃんたちに会おうかなって思って」
「だからか、新入生が外でうろちょろしているのは。もう勧誘を始めてる部もあるみたいね」
 利香はそう言って教室の窓から外を見やる。
 校庭では野球部や弓道部が何やら忙しなく動いている。その中に混じった制服を着たままの生徒が新入生だろう。
 勧誘の様子は二階のこの教室からでも十分窺える。
「ま、他のクラスは今日丸々部活の勧誘に使って良いそうだから。自習なのはうちのクラスだけよ」
「それは酷いです! 私たちだけのんびり自習なんて冗談じゃないですよ!」
 呑気に頬杖を突いている利香に詩音が訴えると、まるでその訴えを待っていたかのように返事が返ってくる。
「そうねー、冗談じゃないわよねー」
「だよねー。自習なんて抜け出すぐらいの心意気がないとダメだよねー」
「そうですね! それぐらいしないとダメかもしれませんね!」
 そう詩音が強く頷くと、二人は詩音の肩に軽く手を置き、とてもいい笑顔でこう言った。
「なら部長。任せたわよ」
「頑張れ詩音」
 二人の言葉の意味が分からず詩音は当惑する。
「……ふぇ?」
「いやー、我らが部長がせっかくやる気を出したんだから、勧誘を一切任せようかなって。ねぇ利香」
「そうね。大体、勧誘なんて一人で十分よ」
 詩音はようやく二人の言い分を理解する。
 つまり二人は部員の勧誘を自分一人にやらせるつもりなのだ。
「それ、冗談ですよね……?」
「本気も本気。詩音なら新規部員十人や二十人の獲得なんてちょろいって」
「そうそう、詩音なら余裕よ」
「やですよ! お姉たちのそれ、口から出まかせでしょー!」
 利香がレナを一瞥し、不敵に笑う。
「何言ってんの。早速一人捕まえてきたじゃない」
「そうだよ。レナの時のように軽く勧誘すればいいんだよ」
「レナは利香が勧誘したんじゃないですか!」
 利香があからさまに空惚ける。
「えー、私知らないわよ? むしろ詩音が勧誘してきた気がするわ」
「あっ、しらばっくれるなんてズルイッ!」
「ええいっ、つべこべ言わずさっさと行けー!」
 魅音が嫌がる詩音を椅子から立たせ、背中を押して教室のドアに向かわせる。
「やだー! 私だけ授業抜け出すなんてやだ~っ!」
 一方、詩音はその場に踏み止まろうと必死である。
 その攻防に加わることも、それを止めることもせず利香は言った。
「大丈夫よ。もし先生にばれても、詩音は今トイレで便秘と戦ってますって伝えておくから」
「はい、それ大丈夫じゃないですからーっ!」
 足に力を入れて踏ん張りながら、詩音は器用にツッコミを入れた。
 そんなやり取りの最中、レナは詩音を哀れそうに見ている。
「詩ぃちゃんって不憫な子なんだね……」
「見てないで止めてよー!」
 詩音はこの時初めて、傍観者というものが実は一番たちの悪いものだということを知った。


[Ⅶ]

 魅音と詩音の攻防、どちらも譲らない。
「ほらほら~、早く観念して行けー!」
「本当に無理だから! 無理! 絶対無理ー! 私じゃ一人も集まらないー!」
「「そんなことないよー」」
 魅音と利香が否定する。だがそれは紛うなき棒読みだった。
「分かった、皆で行きましょ?! そう、それがいいです! ね?!」
 詩音は苦し紛れに提案した。額からはうっすらと汗を流しており、その脚は疲弊し、蒟蒻のようにプルプルと震えている。
 利香が詩音の必死な様子にようやく理解を示した。
「仕方ないわね。魅音、やめてあげなさい」
「しょうがないねぇ」
「ふぅ、助かった……」
 詩音はその場にへたばって座り込む。
 利香が終始傍観に徹していたレナに話を振った。
「レナ、部員候補に心当たりない?」
「えっ?」
 矛先が詩音から自分に変わってレナは驚く。
「勧誘は後回しにするとして、まずは入る部活を決めてない人を探そうかと思ったのよ」
「あはは、いきなり言われても困りますって。ねぇレナ?」
 はしたなく床に座り込みながら詩音は笑った。元お嬢様とは到底思えない態度である。
「えっと、クラスに一人だけいるかな」
「そうでしょう。そう簡単にいるはず……って、いるんですか?!」
「うん、レナと同じクラスの男の子なんだけど……皆が部活の仮入部体験に行っても一人教室に残って、どこにも行かないの」
「そいつは鴨ね」
「鴨だね」
「鴨ですね」
 三人が部員候補に同様のとんでもないコメントをしたのを聞き、「やっぱりやめようかな……」と急に不安になるレナだった。
「冗談ですってば」
「本当かなぁ」
 苦笑いの詩音に、レナは疑いの眼差しを向ける。
 気にせず魅音が話を進めた。
「んで、その鴨……失礼。その子はなんて名前なのさ?」
「名前は前原圭一君っていうの」
「つまり圭ちゃんですね」
「こら、愛称をつけるのはまだ早いわよ」
「それでね、ずっと誰とも話さず参考書を眺めてるの」
「なになに? 圭一ってがり勉君? おじさんそういうの好きじゃないなぁ」
 不満を漏らす魅音を詩音が諭す。
「がり勉って言い方はないと思います。一応この学校は偏差値高めなわけですし、勉強に熱心でないほうがおかしいんですよ」
「そうね、魅音とは違うのよ」
 むっとして魅音が利香に言い返す。
「利香だって頭弱いくせによく言うよ」
「なんですって?! アンタには言われたくないわよ!」
「おじさんだって利香にだけは言われたくないやい! このモブキャラー!」
「モブキャラ言うなー! この、オヤジ娘!」
「あっ、それを言ったらおしまいだよ! もうおじさんは激怒したよ!」
「それはこっちの台詞よ!」
 魅音と利香はポカポカポカと軽い音をさせて、お互いが疲れるまでしばらく叩き合った。

 二人をなだめてから、詩音はため息混じりに言葉を漏らした。
「というか、本当にお姉と利香ってよく受かりましたよね。ここの入試、かなり難しいって有名なのに」
「だっておじさんたち二人とも推薦だし」
「そういう詩音だって推薦って聞いたけど?」
「私は筆記試験があっても受かってました」
「む、詩音のくせに生意気ね」
「ふん。詩音のことだからどうせ、マンホールがどうして丸いのか回答できずに時間切れだよ」
「や、そんな問題は出ませんから。でもどうしてマンホールって丸いんですか?」
「え、知らないの? ふふん、しょうがないなぁ。よし、おじさんが特別に教えてあげよう。もし仮にマンホールが四角かったらさぁ――……」
 女の子同士でよくある縦横無尽な会話が展開されていく。どんどん各々勝手な方向に話を進め、もはや新入部員の話は関係なかった。
 レナが我慢できず、いじけて割って入る。
「はぅ、皆戻ってきてよぅ」
「あ、すみません、圭ちゃんのことですよね。もちろん勧誘しましょう」
「でも圭一くんは部活に入らないって言ってたんだよ?」
 レナの心配をよそに魅音が不敵に笑う。
「そこはおじさんたちの勧誘テクでちょちょいのちょいだっての」
「そうね、初めての勧誘だけどなんとかなるわよ」
「まずは情報を集めましょう。そうですね……一週間後の放課後。圭ちゃん勧誘作戦を決行します!」
「「おー!」」
「……大丈夫かなぁ」
 楽観的な空気の中、一人不安になるレナだった。

 
[Ⅷ]

 入学式から一週間経った。
 圭一は授業が終わり、休み時間になると参考書を開く。
 周りの人間には興味がなかった。クラスの人間はライバルで、仲良くする気なんかさらさらない。
 何度か竜宮礼奈という少女が話しかけてきたが、特にそれ以外の人間と会話することはない。黙々と参考書を進め、放課後になると鞄を手に教室から出て行く。新しい学校にも慣れて、これが彼の日常となっていた。
 放課後、いつものように教室を出ようと席を立つ。このまま直接、予備校に向かう予定だ。家に帰ってもすることがない。親に何か言われるだけ損だ。それならば自習室で参考書を解いていようと考える。
 趣味も特にない圭一は教室を出ると予備校まで立ち止まることはない。だが、今日に限っては進行方向を少女三人――そのうち二人は双子――が塞いでいたので、足を止めざるを得なかった。
「前原圭一君だね?」
 行く手を阻む一人、ポニーテールの双子の片割れが訊ねてきた。
 妙に思ったが、聞かれるがまま答える。
「ええ、そうですけど」
 返事を聞くなり、女三人は無言で頷きあい、圭一を包囲した。
 危機感を感じ、教室に引き返そうと後ろ向きに後退するが、数歩下がっただけで何かにぶつかる。
 後ろを振り返ると同級生の竜宮礼奈が立っていた。
「竜宮……?」
「ごめんね、ごめんね」
 なぜ謝るのかと謝罪の理由を訊ねる間もなく、いきなり竜宮は圭一に大きな麻袋を被せた。
「へ?」
 圭一は何が起こったのか分からず、間抜けな声を上げるだけしかできなかった。
 視界が真っ暗になり、そのまま身体を持ち上げられて横にされると、足の部分を紐で結ばれ拘束されてしまう。
「くそっ、何だってんだっ! 誰かーっ!」
「声うるさいよ、何とかして!」
「レナ、任せます!」
「はぅっ私が?! 圭一くんごめん!」
「ふごっ!」
 圭一のみぞおちに衝撃が走る。
 なぜどうして、自分を拉致するというのか。
 それを考える暇もなく、圭一は敢え無く意識を失った。

海さんSS挿絵


[Ⅸ]

 圭一が意識を取り戻した頃にはすでに学校の別の場所に連れて来られていた。教室の半分ぐらいの部屋で妙に雑然とした場所だった。
 広げられたまま仕舞われていない麻雀牌。ロッカーの上には黒○げ危機一髪が置かれ、周りにはそれに付属しているプラで出来たナイフが散乱していた。
 縛られた状態だが、視界を遮るものはない。
 状況を確認しようと辺りを見回すと、自分の背後で女が四人、椅子に座ってくつろいでいる姿が見えた。
 ファッション誌を読んでいた高慢そうな女が、目覚めた圭一に最初に気がつく。
「あら? 圭一、おはよう」
「おはようじゃない。一体何が目的だ」
 金か? たしかに自分の親は画家で、家は何気に裕福だ。誘拐すれば大金をせしめることができる。
 だが圭一は、自分を拉致した人間が女子高生四人と――ましてはその中に同級生の竜宮礼奈がいるとなると――とても身代金を要求するようなメンツに見えなかった。目的は金とは別のところにあると考える。
「大丈夫かな、かな」
 竜宮が心配して近づいてくるが、縛めを解く気はなさそうだ。竜宮に説明を求める。
「これはどういうことだ?」
 圭一の少々怒った様子にも構わず、竜宮の隣からぬっと現れた女が目的を口にした。
「実は私たちの部活に入って欲しいんです」
 女は拉致の実行犯の一人、髪を下ろしたほうの双子の片割れだった。
「はい?! だからっていきなり人を拉致するのか、アンタたちは!」
「だってそれはお姉が……いえ」
 一旦咳払いをして女が続ける。
「それについてはすみません。でも普通に勧誘しただけじゃ、圭ちゃんは部活に入ってくれないじゃないですか」
「大体、アンタら誰なんだよ」
 図星だったが、圭一は怯まず言葉を返した。
「私はこの部の部長、二年の園崎詩音です。よろしく」
 続けて三人が名乗る。
「同じく二年、古井出利香よ。よろしく圭一」
「で、おじさんは詩音の双子の姉、園崎魅音ってわけ」
「私は知ってるよね。でも、これからはレナって呼んでね!」
 自分から訊ねたにも関わらず、圭一はそれらの発言を無視して言った。
「とにかく帰してくれ。俺はこれから用事があるんだよ」
「だめです。帰して欲しかったら入部届けにサインしてください」
「はっ、笑わせんな。俺は部活に入る気なんかさらさらないぜ」
「そう、なら諦めるしかありませんね」
 圭一が一笑に付すと、詩音は思いのほか簡単に諦めの言葉を口にした。
「理解が早くて助かるぜ。分かったなら早くこれを解いて俺を自由にしろ」
 詩音の様子に圭一は満足そうに、そして偉そうに命令した。
 しかし、詩音の表情を見て圭一はぎょっとする。
「っ?!」
 詩音がとてつもなく不気味な笑みを浮かべていたからだ。圭一は今まで生きてきた中でそれ以上恐ろしい笑みを見たことがなかった。
 言いようのない寒気が圭一を襲う。
 尚不気味に笑いながら詩音は指をぱちんと打ち鳴らした。
「な、何をする気だ……。諦めるって言ったろ!」
「ええ、言いました。諦めましょう、平和的解決は」
 平和的解決は諦める、つまりは平和的でない方法では諦めないという意味なわけで。
 普通、拉致でさえ一般常識的には平和とは言えないのに、平和的でない方法になると一体何をされるというのか。
「お、俺をどうするつもりだっ!」
「どうするつもりって、ねぇ?」
 レナ、利香、魅音が怪しげに目を光らせる。
「くそっ!」
 まだ詩音達が諦めていないことを確信し、圭一は力の限り暴れる。だが、縛られた状態でできることなど高が知れている。抵抗はバタバタと身体を左右に揺するだけの虚しいものとなった。
 詩音を除いた三人がまるでゾンビのように圭一に群がってくる。
「ま、待て! やめろ! 何をするっ!」
 合計六本の魔手が近づいてくるが、それを回避しようにも拘束されて一切の抵抗が取れない。
「ひぃぃっ!」
 圭一は芋虫状態で床を這いずり回るのがせいぜいだった。
 そんな哀れな圭一の身体を無情にもくすぐる三人の少女。
 その光景は傍から見ると単なるじゃれ合いに過ぎなかった。だがその実、それは極めて悪質かつ凄惨な拷問だった。
 圭一は自分の意思とは関係なく盛大に笑う。そして、しばらくしてあっさりと音を上げた。
「わ、分かった! 入部するっ! 入部させてください! だから、もうやめぇぇぇっ!」
 時間は三分も経っていなかった。しかし、その短時間でも極普通の都会のもやしっ子(根性なし)である圭一が音を上げるには十分だった。
「ゼイゼイ……お前ら、こんなことして、ただで済むと……思うなよ。訴えてやる。それと、こんな所二度と来てやるかバカヤロー!」
圭一は入部届けに無理矢理サインさせられ、息も絶え絶え口汚く罵った。
 すると利香が罵倒されたにも関わらず、小ばかにするように笑った。
「何がおかしいんだよ!」
「くすくす、私たちを訴えるんですって? いいわよ」
「何ぃ?」
「でも一言忠告。そこの双子の親ね……ヤクザよ」
「なんですとぉ?!」
 驚愕の表情で固まる圭一の、足の縄を解きながら詩音が認める。
「はい、私はヤクザの娘です☆」
「……じょ、上等じゃねえか。何がヤクザだ。うちの親父は画家だぞちくしょー!」
「わぁ、圭一くんのお父さんすごいね。すごいね~」
 圭一のなんら効果のない脅し文句に、レナが素直に感想を漏らした。
「確かにすごいけど、怖くはないわよね」
「ですね。むしろ、『画家かよ!』っていうツッコミ待ちなんじゃないですか?」
「う、うるせー!」
 小声で囁き合う利香と詩音を、少し頬を赤らめて圭一が黙らせた。
「なぁに、大丈夫さ。怒らせなければ、おじさんたちはとても親切な人達だよ?」
 動揺している圭一の両肩を、魅音がぽんと叩いた。
「そうだよ、魅ぃちゃんたちはとても親切な人達なんだよ」
「とても親切な人達は拉致なんかしねーよ!」
「あはは、それもそうですね」
 詩音達が顔を綻ばせて笑い合った。無論圭一だけは表情を変えない。
「とにかく、帰らせてもらう!」
「おっと待ちなよ。部活を欠席なんて、いくらおじさんたちでも……くく、怒っちゃうかもなぁ?」
「きょ、脅迫する気か! くそ、最悪だ! なんで俺がこんなやつらの部活に入らにゃならねーんだ!」
「あれ? 私には圭ちゃんが楽しそうに見えたんですけど気のせいですか?」
「そんなわけねーだろ! こんなクソうぜー部活一秒たりともやってられっかよ!」
 圭一は心底嫌そうに声を荒らげた。すると……
「圭ちゃん、そんなに部活が嫌ですか?」
「え……?」
 詩音の表情が先程のものと打って変わって悲しげなものとなる。
 圭一はその詩音の変化に不意を打たれ、ドキリとする。一瞬、何と返していいのか分からなくなっていた。
「……イヤに、決まってんだろ」
 思い出したように拒絶の言葉を口にした。 
「そっか……。なら、帰ってもいいですよ。嫌々参加しても楽しくないだろうし」
「詩音、いいの?」
「いいんです、お姉。やっぱり無理矢理入部させても意味はないですよ」
 沈んだ表情のまま詩音が入部届けをつき返してくる。少しためらったが、解放を望んでいた圭一は入部届けを受け取った。
「もちろんヤクザがどうのは冗談ですから」
「あ、ああ……」
 返却された入部届けを鞄に入れ、一人部室を出る。
 無言で立ち去ろうとする圭一の後姿に詩音が声をかけた。
「来たくなったらいつでも来てくださいね」
 振り返った圭一に、詩音は微笑んだ。
 その微笑みは少し悲しそうで、寂しそうで、圭一はその表情がずるいと思う。同時に妙な罪悪感を覚えた。
 逃げるようにその場を立ち去る。もう振り返ることはしなかった。


[Ⅹ]
 
 夕暮れで燈色に染まった廊下を、圭一はトボトボと力なく歩く。
その姿にはどこか陰りがあった。
 自分が今どこに向かっているのか、向かった先で何をしようとしているのかをぼんやりと考える。
 予備校に行って勉強する、そして良い会社に就職する、なんてことが急に安っぽく思えた。
 勉強は別に好きでやっているわけじゃない。親、教師に言われてやっているだけだ。
 そうしたほうが良い人生を送られる、そう言われて、惰性で、なんとなく……。
 部室で竜宮達にくすぐられている時、たしかに腹は立った。けれど、同時になんだか心が暖かくなった気がした。
 懐かしいような妙な既視感を覚え、それから自分らしさというものが出ていたように感じた。
 でも今はもう……喪失感でいっぱいで。
 ピタリと圭一の足が止まる。なぜか後ろを振り返りたい気持ちに駆られた。
 自分はどうしたいんだろう?
 制服の袖をまくり、腕時計を見る。
 今から急げば予備校には十分間に合う時刻だった。
 電車とバスを乗り継ぎ、単語帳を見ながら予備校に向かう。予備校に着いたら参考書を開き、例題を解き、基本問題、応用問題……それから、それから……。
「貴方はそれでいいの?」
 はっとして顔を上げる。
 すると、どうやって自分を追い抜いたというのか、前方には古井出利香の姿があった。
 身体を廊下の壁に預けながら利香は言った。
「決められた道筋を行くのが私は間違いとは思わない」
「なっ……」
 いきなりのことに圭一は酷く困惑する。
 利香はその圭一の反応を確認すると続けた。
「でも圭一、貴方自身はそれを望んでいるの? ただ道筋から外れるのが怖いだけなんじゃない?」
 諭すような口調に圭一は言葉を荒くする。
「アンタに何が分かる……?」
「分かるわ」
「え?」
 利香の即答。それは想定外のものだったから、圭一は間の抜けた声を漏らした。
「私は貴方をずっと見てきたもの。それも百年間」
「何だって?」
 わけが分からず聞き返す。だが、利香はそれについて答えない。
 代わりに、子供を諭すようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「時に圭一、貴方の目の前には赤い箱と青い箱があるとする」
 そこで一旦、圭一の反応を窺うように言葉を切る。
「貴方の人生には二つの選択肢がある。一つはこのまま勉強だけのために時間を使う選択。それはそれで良い未来が詰まっている赤い箱。二つ目はこれから部室に戻って詩音の部活に加わる選択、青い箱。貴方は何か素晴らしいものを手に入れることができるかもしれないわ。さて、貴方はどちらの箱を取るのかしら?」
「俺は……さっきからアンタが何を言っているのか分からない」
「そう? ならば可笑しな事を言う私を無視して、このまま学校を出るといい。そうすれば貴方の予め決められた道に戻れるわ」
 決められた道……。
 勉強だけがすべて、信頼できる人間など誰もいない孤独な人生……。
「それは、イヤだ」
 圭一は首を横に振った。
 先程感じた懐かしさが今はたまらなく恋しかった。それはもう、答えが出ているのと同じだった。
 利香が満足そうに顔を綻ばせる。
「なら、どうすればいいか分かるわね?」
「ああ。俺は、部室に戻るよ」
 大きく頷いて圭一は言葉を返した。
「そう、青い箱を取るのね。行ってらっしゃい」
「アンタは戻らないのか?」
「ええ、私はまだ行けない。けれど、いつか必ず戻るわ。約束する」
 未だに利香が何を言っているのか分からない。でも、圭一は頷いてみせた。
「じゃあね圭一」
「ああ」
 圭一は利香と簡単な別れの挨拶を交わし、踵を返す。
 先ほどの部室に向かって駆ける。
 心が決まると体は軽く、あっという間に部室の扉の前に着いた。
 呼吸を整えて、勢いよく扉を横に滑らせる。
 ガラッと軽快な音がし、圭一の瞳に詩音達の姿が映った。
「圭ちゃん!」
 圭一を見るなり、詩音の暗い表情がぱぁっと笑顔に変わる。
「あれ、何か忘れ物かな~?」
 詩音の笑顔に感化されて圭一の顔が綻ぶが、まだ素直になれない圭一は顔を背けて照れ隠しを口にする。
「予備校なんか今から行っても遅刻だからな……気分転換もいいかと思って」
「うん、そうしなよ! 今大貧民やってる所なんだけど、三人じゃちょっと盛り上がりに欠けましてね!」
 詩音を皮切りにレナと魅音も圭一に言葉をかける。
「レナは今富豪なんだよ! それで詩ぃちゃんが平民でねー!」
「ま、今はレナが有利だけど? 最終的にトップになるのはおじさんだね! あ、というか、もしかして圭ちゃんが入ればスコアちゃら~?」
 圭一はレナ達に負けないぐらい元気に応える。
「大貧民か、いいぜ。先に言っておくが俺は大貧民が大得意だ!」
 その表情は憑き物が取れたように晴れ晴れとしていた。
「あは、それは楽しみですね! ……ところで、利香はどうしたんです?」
「利香? 利香って誰さ?」
「お姉、何を冗談言ってるんですか。さっき圭ちゃんを追って出て行った利香ですよ」
「圭ちゃんを追って? 圭ちゃん、利香って人知ってる?」
 魅音に聞かれ、圭一は首を横に振る。嘘を言っているようには見えず、本当に記憶に無いようだ。
「レナは?」
「ううん、知らないよ。部員は圭一くんを除くと、私と魅ぃちゃんと詩ぃちゃんだけだもの」
 魅音は二人に訊ねた後、妙なことを言う妹をたしなめた。
「まったく詩音、アンタって子は。寝ぼけるのは朝だけにしなよ」
「何を言ってるんですか! 利香は私の親友で……! ……?」
 とうとう詩音まで首を傾げる。
「……あれ? 私、何言ってるんでしょう?」
「そんなことより詩音。圭ちゃんにうちの大貧民のルール教えてやんなよ」
「あ、そうですね」
 詩音は圭一に大貧民のルールを説明した。
「――以上です。ここまで大丈夫ですか?」
「オッケー! 俺を舐めるんじゃねー! そんなルール三秒で理解したぜ!」
 圭一は頷き、威勢良く答えた。
「おお、頼もしいですね! でもその勇ましさいつまで持つかなあ? あはは☆」
「だねぇ。おじさんが思うに、きっとすぐに後悔することになるって!」
「レナも負けないよー! それでレナ以外皆、罰ゲームなんだよー!」
「罰ゲームなんてあんのかよ! くぅ~燃えてきたー! よっしゃー、てめーらには絶対負けねーぞ!」
 放課後の校舎に圭一達の声が響き渡る。
 それは賑やかで、楽しげで、なにより幸せそうだったという。




[epilogue]
 
 青い箱は開かれたばかり。
 けれど、詩音の部活は圭一を中心にこれまで以上に騒がしいものとなるだろう。
 それが幸せな未来を作り出すとは必ずしも言い切れない。どこかで急に崩れ去るかもしれない。壊されるかもしれない。
 無責任なようだけど、人生とはそういうもの。
 だけれど、いつまでも、いつまでも、彼らが楽しく過ごしたいと願えば願うほど、それは幸せな未来に近づくと思う。
 だから、どこかに誰もが幸せになれる世界があるんじゃないかと私は探し求めた。
 私は最上の幸せを願って、賽殺し編という世界の先を、青いパンドラの箱を開けてみた。
 魔女、Frederica Bernkastel。それが私。だから選べる青い箱。

 でもそれ以前に私は、幸せを願う一人の人間だった。



 赤い箱には何がある?

 希望と未来と仲間達。

 青い箱には何がある?

 中身は空か、おそらく絶望。

 それでも魔女の私は開けてみた。

 恐る恐る開けてみた。

 中身は一つ、素敵に煌く可能性。


     Frederica Bernkastel

   
        【END】
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テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

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【2010/10/25 16:06】 | # [ 編集]

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【2010/12/25 03:51】 | # [ 編集]


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cvwith

Author:cvwith
岡山に生息。
カレーは混ぜてから食べる派です。
「ひぐらしのなく頃に」の二次創作を中心に、ショートストーリー(SS)を書いています。
「うみねこ」もちらほらとやってます。
いずれオリジナルも書いてみたいと野望を持っております。

メアド : kdksf1@mail.goo.ne.jp
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感想・ご意見・イラストなど随時激烈に大歓迎中です!



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